誰も書けなかった福島原発事故の健康被害(第4回)

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福島で赤ちゃんを産み育てるのは安全?「朝日新聞」の“非科学”記事 ~誰も書けなかった福島原発事故の健康被害 【第4回 前編】~

( 2015年1月16日 宝島)

「記事取り消し」や「社長引責辞任」の不祥事で揺れる朝日新聞社。新社長の就任で、膿は出し尽くされたのか。そこで同社の「原発事故」報道を検証したところ、続々と問題記事が見つかった。真っ先に取り消されるべきは、こちらの記事ではないのか?

■福島で赤ちゃんを産み育てるのは「安全」という記事
「誤りは自ら速(すみ)やかに正(ただ)す新聞社だと評価していただける日まで、体を張ってやり抜く覚悟だ」
 2014年12月5日、朝日新聞社の渡辺雅隆・新社長は、就任後の記者会見でこう述べた。
 連載4回目のテーマは、同社の「福島第一原発事故」報道についてである。社長の「覚悟」のほどがさっそく試されることになるかもしれない。

 14年10月2日付『朝日新聞』朝刊の「記者有論」欄に、
「先天異常変化なし 福島への誤解解く情報を」
 と題した記事が掲載された。筆者は、同社科学医療部の岡崎明子記者である。
 記事は、福島第一原発事故以降に福島県内で行なわれた厚生労働省研究班などの「妊産婦調査」結果を紹介したもので、
「福島で生まれた赤ちゃんに先天異常が出る割合は、東京電力福島第一原発事故後も、全国平均と変わらない」
 のだという。この記事が言う「先天異常」とは、妊娠中に強い放射線を浴びることで発生する「二分脊椎(にぶんせきつい)」といった症状に代表される、いわゆる「奇形児」のことを指している。調査の中には流産や中絶の割合を調べたものもあり、
「これも事故前と後では変化がない」
 そうだ。
 岡崎記者は同記事中で、
「事故後4カ月の被曝量は福島県民の99.8%が計5ミリシーベルト未満だった」
と断定。さらには、「国際放射線防護委員会の勧告では、100ミリシーベルト未満の胎児被曝なら中絶の必要はない」としたうえで、
「現時点でも数字上は、福島で赤ちゃんを産み育てるのは安全なように思える」
 との持論を展開している。
 記事では何も書かれていないが、「県民の99.8%が計5ミリシーベルト未満」という値は、福島県や環境省が公表している「県民健康調査」の外部被曝線量推計結果(14年5月発表)と全く同じものだ。ただし、この調査におけるアンケート回収率は、たったの25.9%。そもそも推計値なのだから、断定するための科学的根拠とするにはとても心もとない。
 だが、この記事における最大の問題点は、そのことではない。岡崎記者が先天異常の調査結果のみをもって「安全なように思える」と即断していることだ。

■ジャーナリスト失格の早とちり
 妊婦の被曝で懸念される健康被害には、小児ガンもある。つまり、放射線や放射性物質は、先天異常を引き起こす「催奇性」と同時に、「発ガン性」という毒性も兼ね備える。
 当連載の第3回「WHO『福島県でガン多発』報告書の衝撃」でも触れたように、妊婦の腹部への被曝が生誕後の小児ガンの原因となることは、半世紀ほど前から広く知られている医学的知見だ。こうした研究は1950年代から世界的に行なわれており、子宮内で胎児が10ミリグレイ(およそ10ミリシーベルト)程度のX線被曝を受けると、小児ガンのリスクが必然的に増加するという結論が、すでに出ている。病院のX線撮影室の入口に表示してある、
「妊娠している可能性がある方は、必ず申し出てください」
 という表示は、こうした医学的知見を根拠にしたものだ。
 さらに付け加えておくと、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の13年報告書『2011年東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響』は、とかく「過小評価」との批判が付きまとうシロモノだが、この報告書でさえ、福島第一原発事故発生時に妊娠中だった女性の中で、子宮に20ミリグレイの吸収線量を受けた(=被曝をした)人が「少数」ながらも存在する可能性があることについて、わざわざ言及している。こうして産まれてきた子どもたちもまた、原発事故によって重大な健康リスクを負わされた被害者であることに、異論を挟(はさ)む余地はない。
 そこで、疑問が浮上する。なぜ岡崎記者は「先天異常」多発の有無だけで、原発事故後の福島県で子を産み育てることを「安全」と思うに至ったのか? 小児ガン多発の有無や可能性も点検したうえで読者に判断材料を提供するのが、「あるべき科学記者」の姿勢なのではないのか?
 記事を読み返してみたところ、岡崎記者の主張の根幹は、産婦人科の大学教授であるという人物が話していたことの受け売りだった。果たしてこの産婦人科医は、小児ガンのリスクについてどう考えているのか。記事で産婦人科医は、小児ガンのリスクについて何も触れておらず、
「福島で調査した数字を見て、福島で産み育てる人が増えて欲しい」
 とだけ、コメントしていた。関心のある読者は、自分でこの医者に確認せよとでもいうのか。取材が甘い記事と言うほかない。
 仕方がないので、記事に登場する産婦人科医──福島県立医科大学の藤森敬也教授に取材を申し込んだ。回答は次のとおり。
「放射線と小児ガンの関連などについての調査や見解は専門外であるため、コメントは控えたい」
 子どもたちが無事であるに越したことはないが、どちらか一方の毒性しか見ないで「安全」と報じるのは、科学記事と呼ぶに値しない早とちり以外の何ものでもない。
 そればかりか記事は、福島での出産や子育てを恐れるのは「誤解」だとした。そして岡崎記者は、そうした「誤解」を解くべく、
「これからも最新の知見を発信していきたい」 
 と、この記事を勇ましく締め括(くく)っている。
 人々の不安を「誤解」と決めつけるからには、被曝による「小児ガンのリスク」の有無についても、記事中できちんと触れるべきだろう。この点について、朝日新聞社広報部を通じて岡崎記者に尋ねたところ、とても回答とは言えないような“回答”FAXが同社広報部から寄せられる(カッコ内は筆者の注)。
「厚生労働省研究班の調査結果や国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告をもとに、記者が先天異常について自分の考えを述べたものです」
 そんなことは、質問していないのである。そればかりか、肝心の「小児ガンのリスク」に関する質問への回答が、一言も書かれていない。朝日新聞社は、説明責任を放棄した。
 岡崎記者は、質問に答えることすらできないのである。つまり、小児ガン多発の有無や可能性は何も点検しないまま、人々の不安を「誤解」だと決めつける、恐れ入るばかりの非科学記事だったのだ。
 岡崎氏よ、あなたは「科学ジャーナリスト」失格である。

取材・文/明石昇二郎(ルポルタージュ研究所)+本誌取材班
(全文は『宝島』2015年2月号に掲載)


「原発健康被害」の揉み消しに加担する「朝日新聞」の“非科学”記事 ~誰も書けなかった福島原発事故の健康被害 【第4回 後編】~

2015年01月17日 宝島)

「記事取り消し」や「社長引責辞任」の不祥事で揺れる朝日新聞社。新社長の就任で、膿は出し尽くされたのか。そこで同社の「原発事故」報道を検証したところ、続々と問題記事が見つかった。真っ先に取り消されるべきは、こちらの記事ではないのか?

■記事を信じた読者は救われない?

P50-3福島被ばく図

 福島第一原発事故発生から間もない11年4月24日付『朝日新聞』朝刊の「ニュースがわからん! ワイド」欄に、
「年間100ミリシーベルトを超えなければ、体に影響は出ないとされている」
 とする記事が掲載された。書いていたのはまたしても前出・岡崎明子記者である(第4回 前編記事掲載)。一体、どこの誰が「影響は出ないとされている」ことにしたというのだろう。
 日本の法令では、被曝を伴う仕事をする人の健康を守るため、放射線管理区域の基準を「3か月当たり1.3ミリシーベルト」と定めている。この放射線管理区域に立ち入るためには、特殊な資格が必要となる。一般人の被曝許容限度はさらに厳しく、「1年間に1ミリシーベルト」である。そして、個々の原発に対しては、1年当たり50マイクロシーベルトを被曝の目標値とするよう定められている。
 福島第一原発事故が起きるまでは、被曝に対してこれほどまでに気を使っていたのだ。にもかかわらず、原発の大事故が起きたらいきなり、
“100ミリシーベルトを超えなければ問題ない”
と言われても、面食らうばかりである。
 この記事が、事故直後の混乱期に書かれていることにも着目してほしい。この記事を読み、信じた読者は、被曝への警戒心をきっと緩めたに違いない。しかし、朝日新聞社広報部は「回答」の中でこう語る(カッコ内は筆者の注)。
「(記事は)100ミリシーベルト以下なら影響なしと断定したものではありません」
 まるで、記事を信じた読者のほうに責任があると言わんばかりだ。

 現在の朝日新聞社には、「100ミリシーベルト」という線量値に対し、異常なまでに執着する記者たちが存在する。彼らが福島第一原発事故以降に書いた記事には、「100ミリシーベルトまでなら、健康に影響なし」としか読めない文言が盛んに登場するのだ。以下、例を挙げると、
●13年2月27日10時11分配信の朝日新聞デジタル「甲状腺の内部被曝『1歳児50ミリ未満』30キロ圏内」記事中にある、
「100ミリシーベルト以上でがんが増えるとされている」
 との記述。
●13年5月27日10時15分配信の朝日新聞デジタル「福島事故の甲状腺集団線量『チェルノブイリの1/30』」記事中にある、
「がんが増えるとされる100ミリ以下だった」
 との記述と、記事に添えられた解説中にある、
「甲状腺局所の線量が、100ミリシーベルトを超えると甲状腺がんが増えるとされる」
 との記述。
●14年4月2日5時00分配信の朝日新聞デジタル「原発事故後の福島県民分析、がん増加確認されず 国連科学委」記事中にある、
「甲状腺への被曝が100ミリシーベルトを超えると、がんのリスクが高まると考えられている」
 との記述。
 これら3つの記事の筆者は、医療や被曝の問題を担当する同社福島総局の大岩ゆり記者(元・科学医療部)。まるで世間の常識か定説であるかのような書きぶりだが、そもそも、どういった学者らによって「…と考えられている」のかが明らかにされていないところが、全く科学的でない。
 それに、「…とされる」「…と考えられている」などと、語尾がすべて濁してあるのは、
“これは記者自身の意見や考えでは決してないのだ”
 という、万一の批判に備えた逃げ口上のつもりなのだ。先に記した広報部の「回答」は、彼らが“確信犯”的に言葉を使い分けている証拠──と言うことができるだろう。
 彼らは責任を取らない。なので、読者の皆さんも、新聞記事を読む際にはそんなところにも注意を払って“自衛”していただきたい。

■「100ミリシーベルト以下は影響なし」説は記者の誤解?

P50-5福島朝日

 さらに問題なのは、こうした見解が、ICRPの「2007年勧告」(注1)や、我が国の放射線医学総合研究所(放医研)の見解(注2)に真っ向から反していることだ。
 ICRPは、
「100ミリシーベルトを下回る低線量域であっても、被曝線量が増えるのに比例して、ガン死リスクは増加する」
 との見解。一方の放医研は、
「100ミリシーベルト以下ではガンが過剰発生しないと、科学的に証明されたわけではない」
 としている。放医研はICRPの勧告内容に合わせて見解を見直しており、従って両者の間に見解の相違はありえない。
 ところで、11年に放医研が作成した「放射線被ばくの早見図」では、100ミリシーベルト以下では「がんの過剰発生がみられない」と解説していた。このため、「100ミリシーベルト以下ではガンが過剰発生しないことが科学的に証明されている」かのような誤解を招いてしまう。実際、記者稼業をしている者の中にも、誤解したままの者が少なからず存在する。
 そこで放医研は12年に「早見図」を改訂する。100ミリシーベルト以下の解説を削除したうえで、100ミリシーベルト以上になると「がん死亡のリスクが線量とともに徐々に増えることが明らかになっている」と、表現を改めたのだ。
 これに嚙(か)みついたのが、大岩記者だった。13年7月25日付『朝日新聞』朝刊で、放医研が「一般向けの『放射線被ばくの早見図』を十分な説明なしに改訂している」と批判。続く同日の朝日新聞デジタル記事では、
「改訂は昨春だが、変更の履歴も理由も書かれておらず、ツイッターなどで最近、『(こっそり変更は)ひどい。多くの人にしらせないといけない』『(100ミリ以下でがんが出た時の)責任逃れの証拠隠滅?』と話題になった」
 と畳み掛ける。科学と縁遠いSNSからわざわざコメントを引用しているあたりに、「科学記者」大岩氏の怒りと動揺のほどがうかがえよう。まさか、大岩記者が唱える「100ミリシーベルト以上でがんが増えるとされている」説の科学的根拠が、改訂前の放医研「放射線被ばくの早見図」だったわけでもあるまいし……。
 そこで、この件に関しても、朝日新聞社広報部を通じて大岩記者に尋ねることにした。質問は次のとおり。
「大岩記者はこの記事を書くまで『(100ミリ以下で)がんが過剰発生しないと科学的に証明されている』と誤解していたのではないでしょうか」
 大岩記者からの回答は、なかった。

■「朝日新聞がわからん!」
 放医研が作成した「放射線被ばくの早見図」の改訂で見逃せない点は、もともとは「がんの過剰発生がみられない」としていたのを、「がん死亡のリスクが線量とともに徐々に増える」と、「死亡」の2文字を入れたところだ。
 ガンになることと、ガンで亡くなることは、次元の異なる話である。従って、朝日新聞が言う「がんが増えるとされている」と、ICRPや放医研が言う「ガン死リスクは増加する」は、全く違う話をしていることになる。
 ようするに朝日新聞の言説は、国際的な見解とは全く異質の独自見解なのである。果たして朝日新聞は、どんな科学的根拠をもとにして記事を書いているのだろう。当方の質問に対し、朝日新聞社は真正面からの回答を拒んだため、謎は今も残ったままだ。
 原発事故を引き起こした原子力ムラの人々が、原発事故で毀損(きそん)した自らの権益を守るべく、
「100ミリシーベルトを超えなければ、体に影響は出ない」
 と、法令違反を承知で主張したいのであれば、勝手にやればいいだけの話である。だが、新聞記者が同じ趣旨の発言をすれば、その人はジャーナリストではなく、原子力ムラの「代弁者」と見なされる。それは報道機関による「事故の過小評価」にほかならないからだ。
 朝日新聞社の名を冠した「朝日がん大賞」は、11年に山下俊一・福島県立医科大学副学長(当時)に大賞を贈ったことで批判を浴びていたのは、記憶に新しい。ところで、同賞の選考委員には、同社の科学医療部長や元社長がいる。
 朝日新聞社「改革」の道程は、相当険しい。

(注1)ICRP「2007年勧告」より抜粋
「がんの場合、約100mSv以下の線量において不確実性が存在するにしても、疫学研究及び実験的研究が放射線リスクの証拠を提供している」
「認められている例外はあるが、放射線防護の目的には、基礎的な細胞過程に関する証拠の重みは、線量反応のデータと合わせて、約100mSvを下回る低線量域では、がん又は遺伝性影響の発生率が関係する臓器及び組織の等価線量の増加に正比例して増加するであろうと仮定するのが科学的にもっともらしい、という見解を支持すると委員会は判断している」
(注2)放医研「放射線被ばくの早見図」より抜粋
「(100ミリシーベルトを超えると)がん死亡のリスクが線量とともに徐々に増えることが明らかになっている」

取材・文/明石昇二郎(ルポルタージュ研究所)+本誌取材班
(全文は『宝島』2015年2月号に掲載)

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