現実を直視しない「原発事故に伴う健康管理に関する専門家会議」

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現実の事態を直視せず文献を無視しようとする“専門家会議”

「第回東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」に

参考人として参加 岡山大学大学院環境生命科学研究科 津田敏秀 つだ としひで

雑誌『科学』 20149月号 岩波書店 掲載記事)から抜粋 *画像は、ほうきネットで掲載

 

2014716日に開催された、「第8回東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」(以下「専門家会議」と略称する)に参考人として参加し、意見を交換してきたので報告する*1

7回までの専門家会議の記録から、この専門家会議の委員の多くが、放射線の健康影響に関連する文献をあまり読んでいないことは私にもわかっていた。それでも私が驚愕させられたのは、よく発言するある委員は、会議の資料にも目を通していなかったのである。福島県のデータ分析結果の意味も理解されていなかった。会場は傍聴者のかすかな失笑や拍手でさえも厳しく制限されていた。しかし、委員の知識のなさは、ある程度の知識のある人なら簡単にわかるので、傍聴席からこのような反応も無理からぬことと思えた。

 

8回専門家会議には、私を含め5人の参考人が招集された。一人10分という非常に限られた時間であった。当日の長瀧座長と事務局の様子からしても、「様々な意見を聞きましたよ」という儀式的色彩の強い参考人招致であったといわれても仕方がないだろう。

私が述べた主な点は、20131221日の福島県「放射能の健康影響に関する専門家意見交換会」での発表内容と同様①100mSv以下でも放射線による発がんは確認され現在は約10mSvごとに確認されている、②福島県内で被ばくによると思われる甲状腺がんの多発が見られており対策が必要である、の2点であった。

 

 限られた時間の中で、「病因すなわち個別線量推計にこだわってはいけない」、「100mSv以下の被ばくではがんが発生しないというのは間違っている」、「被ばく者の数は非常に多い」と強調したのに、会議の最後で長瀧座長がまだ線量推計の議論をしようとするのに対して、委員たちは誰も反論しなかった。大規模な被ばく集団において、閾値がなく確率的に起こってくる現象に、個人線量を細かく推定して、過大だ過小だと議論していてもあまり意味はない。チェルノブイリ・ゴメリ州よりも人口密度が3倍の福島県被ばく量が少なかった会津地方を除けば人口密度はさらに高い)において、放射性ヨウ素は公式発表でチェルノブイリ事故の約10分の1が放出され、そしてセシウム‐134と‐137を併せてチェルノブイリ事故の約4分の1も放出されてしまったのだから、その健康影響はある程度は覚悟せざるを得ない。委員の「専門家」の先生方におかれても、従来からご自分の意見にあまり固執なさらず、現実を直視されることをお勧めしたい。

 

この「専門家」先生方に徹底的に欠如しているのは、専門家会議での検討の対象が生きている人間であり、さらに現在もなお自然放射線を大きく上回る人工放射線に被ばくしている全年齢層の住民であるという認識である。事態は、被ばくに関して言えば、現在もなお進行中であることを、「専門家」を名乗る以上、徹底して認識しておかなければならない

 

7回専門家会議にはWHO報告書(2013)1に関するグラフ付きの概要資料が参考資料23として提出された。この資料はすでに第4回と第6回の会議でも資料となっており、第7回を含めて3回もこの専門家会議で出されていた。これを委員の多くは読んでいるのかいないのか、検討していないのである。図はこの概要資料の7枚目に載っているもので、1歳児で被ばくしたときの甲状腺がんの15年間累計リスクの増加を示している。丹羽委員はかねてから「WHOは健康影響を過大評価(丹羽委員の言う「保守的」な評価)している」と主張しているが、たとえ丹羽委員の納得する「リアルな」被ばく量でWHO報告書の曝露評価を置き換えても、若年者の甲状腺がんの増加は、はっきりと見えてくるのではないかと思われる。WHO(2013)は、白血病や他の固形がんの増加も定量的に示している。いくら熱心に線量推計をしたところで、健康影響として隠しようがなくなると予想できるのである。

 

現実に現在、福島県では甲状腺がんの多発が問題になっている。さらに、WHO(2013)も甲状腺がん、白血病、乳がん、その他の固形がんが特に若年者に多発することを予想して定量的に指摘している。

2013年2月WHO福島健康リスク評価

日本政府がWHOに修正を働きかけて甲状腺等価線量を1桁小さくさせた

 

 

朝日新聞 「GLOBE」 2014.12.7 「修正を迫られた福島被曝報告」

 

 

ところが専門家会議は、原因から結果という時間的前後関係に固執して、時間の無駄遣いをしている。一方、今日、病気の発生が進行する中で結果から原因を探る方法論が発達し、教科書(Gregg 2008)2にもまとめられ、私はこれに基づいて現時点での甲状腺がんの多発を指摘している。福島県の甲状腺がんの分析結果に関して「ユニークな」という一言で片づけようとする長瀧座長をはじめ、この専門家会議は、問題の当事者であることを忘れているかのようである。

 

すでに成立した法律で保証された当然の権利を受けられない人々にとっては、迷惑な話では済まされない問題だろう。論文を読まない、データを見ない、配られた資料も目を通さない、論理的でない、判断力もない、参考人の意見もろくに聞かずにやっつけることばかりを考えている。そんな会議に、いくら時間をかけてもただ被害が広がるのを待つだけである。

 

ところで、第8回専門家会議での議論は、福島県内での甲状腺がんの多発の有無に集中したが、一方、100mSv以下の被ばくでも放射線によるがんが生じること、それが被曝量に比例して発生すること、それが認識できるぐらい発生してくるであろうことに関して、異論は出なかった。したがって、これらの点に関しては、「100mSv以下の被ばくでは放射線によるがんが生じない」という風説が誤りであることは、共通の認識になったと思われる。

 

日本のどこの病院のレントゲン撮影室の入り口にも、「妊娠している可能性のある方は、必ず申し出てください」という注意書きが掲げられていると思うが、これは、これまでの研究の蓄積からきている(たとえば、Doll&Wakeford(1997)3に示された1950年代からの数多くの研究結果)。このことが忘れられてしまっているのではないだろうか。2011年以前の放射線防護体制は、少なくとも堅持し徹底すべきである。福島県とその周辺では、妊婦を含む全年齢層が被ばくしている。

 

100mSv以下の被ばくでがんは生じないし明らかになってこない」という言説は科学的に誤っているという私の指摘に対しての反論が専門家会議で出なかったことは、繰り返し強調したい。この「専門家」たちも「100mSv以下の被ばくでがんは生じないし明らかになってこない」とは本気では考えていないのである

 

しかし今もなお、この点を誤解している方が日本各地にまだ数多く存在しておられると考えられる*2。科学的に誤った「100mSv以下の被ばくによるがんは出てこない」という誤った言説を修正する広報活動を、環境省をはじめ各省庁は直ちに開始するべきである。特に福島県においては、「100mSv以下の被ばくによるがんは出てこない」という誤った言説の撤回を徹底的に行い、さらなる放射線防護対策を呼び掛けるべきである

 

*―インターネットテレビのOurPlanetTV(http://ourplanet-tv.org/)などで会議の全部とダイジェストの両方が公開されているので詳細はそちらをご覧いただきたい。

*100mSv以下の健康影響についての専門家会議での私の発言も含めて報じた2014718日付け日経新聞を読んで心を動かされた静岡県民の方(浜岡原発に関連しているので関心があるとのこと)が、私の研究室に電話で根拠を尋ねてこられた。誤った言説を本気で信じられていたようである。幸い、私が丁寧に説明を申し上げたところ、「私たちはだまされていたのですね」と納得していただけた。

 

***** 『科学』 20149月号 岩波書店 記事の転載は以上 *****

 

岩波書店の『科学』には、津田教授をはじめ、多くの重要な記事が掲載されています。

また、OurPlanetTV(http://ourplanet-tv.org/) は、非常に重要な動画や記事を発信し続けています。

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