水俣病事件の総括的教訓

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水俣病の悲劇を繰り返さないために -水俣病の経験から学ぶもの-

第6章 水俣病事件の総括的教訓

 我々は水俣病事件の歴史的経過を前にして、大きな誤りを繰り返しおかしてきたことを率直に認めねばならない。それは、行政のあり方、企業活動など構造的な誤りであった。

 水俣病の発生は工業の発達と利便さの追求のため、科学技術や化学物質の開発を続けてきた現代社会の構造そのものに由来するものであった。

  環境は確実に危険のシグナルを我々に送り続けているのに、これを無視した上、被害の発生拡大を防ぐ有効な対策をとらなかったばかりでなく、その後の的確な フォローをしなかったことが、住民に取り返しのつかない健康被害をもたらし、壊滅的な環境破壊も生んだ。しかも、その悲劇は二度も繰り返された。

 水俣病の最も厳しい教訓は、発生源と原因物質の確定をめぐる科学論争をたてに、各省庁の権限関係も障害となって、政治的・社会的に政府の政策決定まで12年もかかり、その間に汚染と被害が拡大し、さらに第二水俣病が発生したことである。

 原因究明に対する原因企業の非協力や事実の隠蔽、さらに化学工業界、通産省などによる学界の権威をまきこんで企業・産業の防衛が行われたが、こうした一連の動きの中で国と地方の行政、政治、検察、マスコミがどのような役割を果たしたかが深刻に問われている。

1.現場を直接見て、住民から真摯に聞き取ることから始める

 現地の行政担当者のみならず国の担当者は、まず現場に足を運んで環境や人に生じた異変についての住民の訴えを真摯に聞くことが出発点である。これをもとに健康や環境の専門家の意見を求め、公正かつ迅速な判断を下すべきである。

2.健康を守ることを優先し、原因の確からしさに応じた行政的決断が求められる

 行政は原因究明のための研究者の調査活動を保障し、その結論に基づき行政の責任と判断で被害防止策を実施することが基本である。しかし、人命に関わる緊急事態には原因確定を待ってはいられない場合が多いし、どのような結論にも不確かさは残る。

 問題解決に責任ある立場にある者は、人の健康を守ることを最優先に考え、原因についてある程度の確からしさを確認したら、その時々で考えられる有効適切な対応を、速やかにかつ広く積極的に決断実行する必要がある。行政官も政治家も、その決断実行の責任から逃げることは許されない。

 いたずらに対応を遅らせることは、結果として一層深刻な被害を生じさせる犯罪的行為につながりかねない。

3.様々な場面における情報の収集と開示が必要である

 事態対応型でなく、原因究明の視点も踏まえ、組織横断的に各方面からの幅広い情報を収集することは初期にこそ重要である。また、過去の関連情報も徹底的に集め、それを関係者に提供するところから始めなければならない。

 原因究明過程においては、企業や行政の保有する情報を研究者と被害者に開示する必要がある。特に環境問題のような学際的研究が必要なものには、専門分野を越えた研究者間の情報交換も不可欠である。

 また、行政はPRTRシステムなどを導入することにより、環境に対する企業側の自主的努力と情報の公開を促す必要がある。

 水俣病の経験は、長期的視点に立てば被害防止のための公害防止対策と情報開示は企業自体の利益につながることを教えている。

4.企業には社会的責任がある

 企業には社会的存在としての責任があり、利益追求のみを活動の目的とすべきでないことは明 らかである。したがって、いかなる時代にあっても、人の生命に危害を及ぼすような企業活動が絶対に許されないことは、自明の理である。水俣病事件は、社会 的責任意識を欠いた企業活動が引き起こした犯罪行為であった。

終章 人類が直面する環境汚染問題-結びにかえて-

 水俣病の原因となったメチル水銀化合物は、 化学工場の生産工程中に、工業的に利用価値の無い副生成物として発生し、排出されたものである。環境中に排出された微量のメチル水銀化合物が生物濃縮を経 て人や動物に有害な作用をもたらすという過程はそれまで経験の無いものであった。こうした経験が、国際的な化学物質の安全対策(International Programme on Chemical Safety)の契機ともなった。また、メチル水銀化合物が胎盤を経由して胎児に影響を与えていたことも、それまでの中毒学の常識を覆すものであった。

 現在、世界では工場における原料や製品の素材などとして使用されているものだけでも10万種もの化学物質があり、そのうちかなりの物質は程度の差こそあれ、環境中の経路を通じて人 の健康や生態系に有害な影響を及ぼす一定の可能性(環境リスク)を有すると考えられている。これら膨大な数の化学物質に対し、その環境リスクをチェックす る人員も予算も十分でなく、多くの化学物質について未だ環境リスクが十分評価されていないのが現状である。

  また、水俣病とは個人に与える被害のリスクの性格や重要性に大きな相違はあるが、内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)やフロンのように、科学の進展に よって製造当時には予測もつかなかった有害性が発見されることもある。さらに現在は、地球環境保全の観点から低濃度の化学物質の長期曝露による生態系への 影響、大気、水、土壌といった複数の環境媒体を通じた汚染の拡がり、化学物質の複合影響も懸念されている。

  今日、化学物質は多様な形で利用され、人々の生活に密着したものになっているが、しかしこれには有用・有害の両面があり、問題は一層複雑になっている。そ の対策も、工場からの排水や排ガスを規制すれば足りるというものではない。製品中に用いられ、製品として使用、廃棄されるものをも含めて環境面からのトー タルな管理が必要であり、さらに、化学物質の与える有害な影響が科学的にわかっていないことが多いからこそ、いかに化学物質による環境リスクを避けるか、 又はそのリスクを低いものにしていくかという観点から、必要な情報の開示と、それに基づく一人ひとりの賢明な行動が必要となっている。

 また、途上国をはじめとする諸外国に目を転じると、金精錬のための水銀の使用、石炭中の水銀による汚染、工場からの水銀の排出など、水銀汚染のおそれのある地域が未だに多数存在している。

  我々は、国の内外のこうした化学物質をめぐる問題に対して、水俣病のような失敗を繰り返さないように対処するためには、過去の経験、特にとるべき対策をと らなかった結果として多くの犠牲を強いてしまった歴史、あるいは、つまずきを乗り越えてきた努力の歴史を学び、その苦い経験を教訓として活かしていかなければならない。

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