「福島県で胃がん多発」続報

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福島県で8年連続多発が確認された「胃がん」は、広島・長崎の被爆者たちの間でも多発していたLevel7より転載) 

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明石昇二郎  2022年8月10日

福島県女性の「胃がん罹患率」上昇

福島第一原発事故が発生してから2か月後の2011年5月15日、入念に汚染防護した上で初訪問した飯舘村長泥で測定された放射線量。この測定器では10マイクロシーベルト/hまでしか測定できず、「9.99マイクロシーベルト/h」を示して振り切れた。

5月27日、2019年の全国がん登録データが政府統計のホームページ「e-Stat」上で公表された。

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450173&tstat=000001133323&cycle=7&year=20190&month=0&tclass1=000001133363&tclass2=000001133368&tclass3=000001133370&result_back=1&tclass4val=0

昨年8月26日に当サイトに掲載された拙稿(「福島県で胃がん多発」続報 7年連続の「胃がん多発」を確認――福島第一原発事故はもはや「一大公害事件」と見るべきではないのか――)(https://level7online.jp/?p=4608)に引き続き、公表された19年のデータをもとに、「全国胃がん年齢階級別罹患率」と福島県の同罹患率を比較してみた。

それが【表1】である。男女ともにさまざまな年齢層で、全国平均を上回っている年齢階級が確認された。特に19年は、女性の間で全国平均を上回る年齢階級が目につく。中には全国平均の倍という年齢階級もある(40―44歳)。

【表1】

一方、全国平均を下回っている年齢階級は、0―4歳、20―24歳、25―29歳の3階級だけだ。11年までは大半の年齢階級で全国平均を下回っていただけに、ここ数年の「福島県女性の胃がん罹患率の上昇ぶり」には注意が必要だろう。

次に、全国と同じ割合で福島県でも胃がんが発生していると仮定して、実際の罹患数と比較してみる検証を行なった。疫学(えきがく)の手法で「標準化罹患率比」(略称SIR、standardized incidence ratio)を計算する方法である。全国平均を100として、それより高ければ全国平均以上、低ければ全国平均以下を意味する。

福島県の胃がんについて、08年から19年までのSIRを計算してみた結果は、次のとおり。

【胃がん】福島県罹患数 SIR

08年男 1279  88・3

09年男 1366  94・1

10年男 1500  101・1

11年男 1391  92・2

12年男 1672  110・6

13年男 1659  110・9

14年男 1711  119・3

15年男 1654  116・6

16年男 1758  116・3

17年男 1737  120・0

18年男 1685  120・0

19年男 1743  126・9

08年女  602  86・6

09年女  640  94・2

10年女  700  100・9

11年女  736  100・9

12年女  774  109・2

13年女  767  109・9

14年女  729  109・0

15年女  769  120・3

16年女  957  139・4

17年女  778  119・6

18年女  744  118・4

19年女  817  131・8

国立がん研究センターでは、SIRが110を超えると「がん発症率が高い県」と捉えている。福島県における胃がんのSIRは12年以降、男女とも全国平均を上回る高い値で推移しており、最新の19年データでは男性で126・9、女性では131・8と、異常に高い値が記録されている。

続いて、このSIRの「95%信頼区間」を求めてみた。疫学における検証作業のひとつであり、それぞれのSIRの上限(正確には「推定値の上限」)と下限(同「推定値の下限」)を計算し、下限が100を超えていれば、単に増加しているだけではなく、確率的に偶然とは考えにくい「統計的に有意な多発」であることを意味する。

その結果が【表2】である。福島県では12年以降、8年連続で男女とも胃がんが「有意な多発」状態にあり、さらにはSIRも上昇傾向にあって、胃がんの発症が落ち着く気配が一向に見られない。【表2】の罹患数の欄を見れば明らかなように、全国の胃がん罹患数はここ数年、男女ともに減少し続けているのに、福島県では逆に増えている。

【表2】

ちなみに、米国のCDC(疾病管理予防センター)では、01年9月の世界貿易センター事件(同時多発テロ事件)を受け、がんの最短潜伏期間に関するレポート『Minimum Latency & Types or Categories of Cancer』(以下「CDCレポート」)を公表している。これに掲載されている「がんの種類別最短潜伏期間」を短い順に示すと、

【白血病、悪性リンパ腫】0・4年(146日)

【小児がん(小児甲状腺がんを含む)】1年

【大人の甲状腺がん】2・5年

【肺がんを含むすべての固形がん】4年

【中皮腫】11年

となっている【表3】。このCDCレポートに従えば、胃がんの最短潜伏期間は「4年」である。

【表3】

つまり、東京電力福島第一原発事故発生から4年が過ぎた2015年以降に胃がんに罹患した福島県民1万2642人の中には、同原発事故で放出された有害物質に晒された結果、胃がんになった人がいる可能性がある。

福島第一原発事故が発生する以前の2010年までは、福島県民の胃がんSIRは全国平均と同等か、それ以下だった。その〝超過分〟に当たる胃がん患者には、原発事故の被害者が含まれているかもしれないという観点から、事故と発がんの相関関係や因果関係が検証されることが切に待たれている。

男性の甲状腺がん、罹患数と罹患率がともに上昇

続いて、若年層における多発が懸念されている甲状腺がんを検証する。CDCレポートに従えば、その最短潜伏期間は大人で「2・5年」、子どもで「1年」である。

甲状腺がんの年齢階級別罹患率と、それから弾き出した年齢階級別罹患数を【表4、5】として示す。福島第一原発事故から8年が過ぎた19年も、若年層で甲状腺がんが確認されている。

【表4】
【表5】

女性では10~14歳の年齢階級で2人、15~19歳の年齢階級で8人、20~24歳の年齢階級で5人、25~29歳の年齢階級で6人、確認されている。すべての年齢階級の合計は199人で、11年の事故発生時、20歳未満だった患者は、少なく見積もれば全体の約8%、多く見積もれば約11%を占めていることになる【表5】。

一方、男性では10~14歳の年齢階級で4人、15~19歳の年齢階級で6人、20~24歳の年齢階級で1人、25~29歳の年齢階級で2人、確認されている。すべての年齢階級の合計は76人で、11年の事故発生時、20歳未満だった患者は少なく見積もれば全体の約14%、多く見積もれば約17%を占めていることになる【表5】。

甲状腺がんのSIRとその「95%信頼区間」を求めた結果が【表6】である。14年の男性と15年の女性で「有意な多発」状態にあった。いずれも、同原発事故が発生した11年から、甲状腺がんの最短潜伏期間「2・5年」を経過している年である。

【表6】

最新19年の福島県の甲状腺がんは、男性で罹患数と罹患率が上昇。女性は罹患数と罹患率のいずれも減少した。

胆のう・胆管がんでも「有意な多発」継続中

悪性リンパ腫と白血病に関しては、多発の傾向は確認されなかった(【表7】【表8】)。

【表7】
【表8】

最新19年のデータでも異常が続いていることが確認されたのは、胆のう・胆管がんである。CDCレポートに従えば「固形がん」に分類されるもので、最短潜伏期間は「4年」である。

胆のう・胆管がんは原発事故以前の10年の男性と、09年の女性で「有意な多発」が確認されていた。最短潜伏期間の「4年」を経過した16年以降では、男女ともに「有意な多発」が確認された。男性は4年連続、女性は6年連続の「多発」である(【表9】)。

【表9】

16年から18年までの3年連続で「有意な多発」が確認された前立腺がんは、最新19年データでは多発状態が解消されていた。とはいえ、SIRでは全国平均を相変わらず上回ったままなので、引き続き注意が必要だろう(【表10】)。

【表10】

最後に、卵巣がんについて。最短潜伏期間は「4年」である(【表11】)。最短潜伏期間を経過する前の13年と14年で「有意な多発」が確認されたものの、それ以降はSIRでも全国平均を下回っている。ただ、最新19年データでは5年ぶりにSIRが全国平均を超え、県内罹患数の微増も続いているので要注意だ。

【表11】

「胃がん」は広島・長崎の被爆者でも増加

疫学と因果推論などが専門の津田敏秀・岡山大学大学院教授に、これらのデータを見てもらった。津田教授は語る。

「思っていたよりも厳しい状況で、予測をかなり超えてきています。すでに明瞭な増加を示している甲状腺がんだけでなく、現在上昇してきているがんは、広島・長崎の被爆者データでも上昇が目立つがんです。それなりの覚悟を決めて、対策なりリスクコミュニケーションなりの充実を早く策定し、対応を議論する必要性を感じています。実際の被曝量は、公表されているものよりもかなり多かったのではないでしょうか」

環境省の「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料」(平成30年度版)では、

「大人の場合、骨髄、結腸、乳腺、肺、胃という臓器は、放射線被ばくによってがんが発症しやすい臓器です」

と記述されている(下の【図】)。つまり、原爆の被爆者の間でも胃がんの増加が確認されているのである。

環境省『放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料』(平成30年度版)より

念のため、被爆者に多いとされる乳がんと肺がんについても検証してみたところ、19年までの福島県データでは「有意な多発」は確認されなかった。ただし、希少がんである男性の乳がんにおいては16年以降、若干の上昇傾向(14年は5人、15年は7人、16年は10人、17年は11人、18年は10人、19年は7人)が見られたことも、合わせて報告しておく。

昨年(2021年)10月、甲状腺がんで逝去した飯舘村の元酪農家・長谷川健一さん(享年68)は、20年2月、同村内で「胃がんに罹り、亡くなる人が相次いでいる」ことを明かし、次のように語っていた。

「50代後半から60代の、俺よりも若い人が亡くなっている。そのほとんどが、がんなんだけどな。原発事故前の飯舘村で、こんなことはなかった。

俺らと同じ年頃で逝くわけだから余計に記憶に残るんだ。それも、がんが見つかってから、そんなに時間が過ぎないうちにどんどん悪くなって逝っちまうんだから。

80歳や90歳でがんになるのは、しょうがねえな、天命を全うしたんだな、とも思えるけども、60代だとそうはいかねえべ」

その長谷川さん自身もまた、がん罹患がわかってから亡くなるまで、1年もなかった。

長谷川さんをはじめとした飯舘村民約2800人は、避難が遅れたための高濃度初期被曝による健康不安への慰謝料を東京電力に求め、14年11月、原子力損害賠償紛争解決センターに裁判外紛争解決手続き(ADR)を申し立てていた。その時の「不安」が、今や現実のものとなり始めている。

ところで、科学者やジャーナリストの中には、全国がん登録データによる点検作業を一切しないまま、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の、

「放射線被曝が直接の原因となるような将来的な健康影響は見られそうにない」

などとする報告を〝錦の御旗〟のごとく振りかざし、原発事故によるがん発生を頑なに否定しようと試みる者たちがいる。しかしUNSCEARの報告は、事故発生直後の被曝線量調査が福島県などによって阻まれたことが原因で実測値がないため、推定に推定を重ねて書かれたものであり、事実そのものではない。

科学者やジャーナリストを名乗り、原発事故によるがん発生をどうしても否定したいのであれば、他人がやった推定報告にばかり頼るのではなく、「事実そのもの」である全国がん登録データを用いて、自らの手で検証するべきだろう。また、全国がん登録データとは、そのためのデータでもある。

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