原発近隣住民の間で「悪性リンパ腫」多発の兆し

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(2015年3月9日 宝島)

調査スクープ!原発近隣住民の間で「悪性リンパ腫」多発の兆し ~誰も書けなかった福島原発事故の健康被害 【第5回】~

避難7町村における悪性リンパ腫は、特に「50歳以上」の「男性」たちの間で集中発生していた。放射能汚染地帯におけるガン多発は、子どもたちの甲状腺ガンだけではなかった!

■2013年も続いていた急性心筋梗塞の「多発」
 当連載の女性読者Aさんから、次のようなお便りをいただいた。
「福島県の中通りで暮らしていた私の父は、福島原発事故の翌年の2012年2月、大動脈解離で突然死しました。連載の第1回で取り上げられていた『急性心筋梗塞』ではないのですが、地元では最近、大動脈解離で亡くなる方も多いと聞いています」
 大動脈解離は、人口動態統計で急性心筋梗塞と同じ「循環器系の疾患」の項目に分類され、血管疾患の中でも特に重篤なものだ。初めて出る症状が「突然死」ということもある。Aさんからのお便りには、当連載の第1回で読者の皆さんにお願いした「亡くなられた方の11年3月11日時点の健康状態」や、「発症するまでの生活状況」に関する情報も、きちんと記されていた。
「父は62歳でした。少々肥満気味でしたが、持病もなく、健康状態は極めて良好でした。11年3月の原発事故発生後、原発周辺地域の住民の皆さんが地元の役場に避難してきましたので、父はその間、率先してボランティアをしてお世話をしていたそうです。
 父は草刈りが趣味でした。あちらこちらの草刈りをしつつ、お年寄りのゲートボールの世話をしながら、定年退職後の生活を楽しんでいました。
 そんな父ですから、放射能汚染のことはあまり気にしていませんでした。食べ物に気を使っている私に対しても、
『そんなに神経質になっているようじゃ、世の中生きていけない』
 と、私が間違っているかのように咎めるほどでしたので……」
 手紙の趣旨は、急性心筋梗塞以外の循環器系疾患にも目を向けてほしい──というものだった。指摘を受けて本誌取材班は、最新の「2013年人口動態統計」データを入手し、福島県における「循環器系の疾患」による死者数の推移を検証することにした。

福島表1・2

 まずは、急性心筋梗塞である。【表1】は、過去5年間の福島県とその周辺県の「急性心筋梗塞」死者数で、【表2】は、福島県と全国の「急性心筋梗塞」年齢調整死亡率の推移だ(注1)。
【表2】を見てほしい。全国の値が右肩下がりで減少し続ける中、福島県は原発事故発生翌年の12年に「人口10万人当たり29.8人」(男性は同43.7人)という全国ワーストの値を記録。翌13年は同27.5人(男性は同42.1人)と、少々下がったものの、いまだに原発事故前の値(10年は同25.3人。男性は同36.9人)を上回り続け、高い死亡率のまま推移している。
 急性心筋梗塞で亡くなる方の13年全国平均は同12.1人(男性は同17.9人)。
福島県の同死亡率はその2倍以上ということになる。原発事故以降の福島県での急性心筋梗塞多発という“異常さ”が、3年連続で際立つ結果となった。

(注1)今回、改めて計算して求めた「福島県」の年齢調整死亡率は、セシウム汚染との相関を調べた連載第1・2回での計算方法とは異なり、避難町村と「セシウム汚染値ゼロ(1万ベクレル/㎡以下)」の檜枝岐村を除かずに計算した。そのため、連載第1・2回で載せた表の数値とは一致しない。

■「避難効果」が循環器系疾患の死亡率を激減させる

福島表3・4

 次に、大動脈解離である。人口動態統計では、大動脈瘤とともに「大動脈瘤及び解離」として分類されており、福島原発事故前後の5年間の年齢調整死亡率をまとめたのが、【表3】だ。10年に全国平均を上回って以降、男女の合計値は常に全国平均を上回っており、現在の福島県が「大動脈瘤及び解離」の多発県であることがわかる。
 Aさんの父が亡くなった12年はひときわ増加(男性で人口10万人当たり8.4人)しており、原発事故の前年に当たる10年の値(同8.1人)を上回っている。ただ、急性心筋梗塞のようなハッキリとした「原発事故後の多発傾向」までは見られなかった。
 では、急性心筋梗塞や大動脈解離を含めた「循環器系の疾患」全体としての年齢調整死亡率はどうなっているのか。これを調べたのが【表4】である。
 全国の値は毎年下がり続けている。一方、福島県は、原発事故が発生した11年に
いったん上昇(同123.1人)し、それ以降は下がり続けている。これを見る限り、増加はすでにピークを過ぎたようだ。しかし、いずれの年も全国平均を大きく上回っているのが、気になるところである。最新13年のデータでは、全国平均(同92.1人)の1.3(同110.9人)だ。女性よりも高い男性の値で見ても、全国平均(同122.0人)の1.2倍(同151.0人)である。

福島図1・2・3・4

 続いて、すべての住民が避難している原発直近7町村(注2。以下「避難7町村」)の「循環器系の疾患」年齢調整死亡率も求めてみた。それが、【図1】である。全国平均をグラフにした【図2】と同じく、年々減少傾向にある。驚いたことに最新の13年には、ついに全国平均まで下回り、同86.2人へと激減させることに成功していた。一体どんな健康対策を取ったのだろう。
 そのうえ、原発事故の発生以前は、循環器系疾患による同死亡率がガンによる同死亡率を上回っていたのに、11年を境に急激に減り始め、12年に上下が入れ替わり、13年にはその差がさらに広がるという「逆転」現象まで起きている。
 そこで、疑問が浮上した。【表4】や【図3】で示したとおり、福島県全体の「循環器系の疾患」年齢調整死亡率は全国平均の1.3倍なのに、なぜ避難7町村だけが全国平均を下回っているのか――ということだ。
 この現象には放射能汚染が関係しているのではないか──との仮説を立てた本誌取材班は、セシウムに強く汚染されたものの住民が避難していない地域を抽出し、再検証してみることにした。1平方メートル当たり4万8000~33万1000ベクレルの汚染地域(注3。左上の地図で淡いグレーで示した地域)は、福島県内の17市町村(注4)に及んでいる。これら「汚染17市町村」における「循環器系の疾患」年齢調整死亡率を求めたのが、【図4】だ。

福島避難7町村

 最新13年の年齢調整死亡率は、福島県全体(同110.9人)を上回る同112.7人。おまけにこの数値は、12年(同112.7人)から“高止まり”している。つまり、福島県全体の同死亡率を押し上げていたのは「汚染17市町村」だったのである。
 これらの事実から推定されるのは、汚染地帯から避難することにより、循環器系疾患で亡くなる人を全国平均かそれ以下にまで減らせる可能性がある――ということだ。本稿ではこのことを、仮に「避難効果」と呼ぶことにする。

(注2)楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村の7町村。
(注3)セシウム137の汚染値を、12年12月28日現在の値に換算したもの。
(注4)相馬市、南相馬市、福島市、国見町、桑折町、伊達市、川俣町、二本松市、大玉村、本宮市、三春町、田村市、川内村、広野町、須賀川市、西郷村、白河市の17市町村。

■原発直近で被曝した人々に「悪性リンパ腫」多発の兆し
 13年の最新人口動態統計データの検証作業を通じて判明した事実は、これだけではない。
 昨年11月に逝去した俳優・高倉健さんの死因は「悪性リンパ腫」だったとされる。その悪性リンパ腫が、原発直近で暮らしていた「避難7町村」の人々を襲っていた。

 改めて【図1】を見てほしい。本誌取材班では今回、「循環器系の疾患」年齢調整死亡率だけでなく、福島県における過去5年間の「悪性新生物」(ガン)年齢調整死亡率の推移も検証している。前述したように避難7町村では、循環器系疾患による同死亡率とガンによる同死亡率の上下が短期間に入れ替わる「逆転」現象が起きていた。

福島表5

 原発事故と発ガンの関係を考える時、重視すべきなのは、ガンの種類ごとに異なる「潜伏期間」である。
 当連載の第2回でも触れたが、米国のCDC(疾病管理予防センター)では、01年9月の世界貿易センター事件(いわゆる「同時多発テロ」事件)を受け、ガンの最短潜伏期間に関するレポート『Minimum Latency Types or Categories ofCancer』(改訂:13年5月1日。以下「CDCレポート」)を公表している(【表5】)。
 避難7町村の人々は、事故発生からの数日間だけで77京ベクレル(77×10の16乗ベクレル)にも及ぶ放射能が原発から漏れ出す中、防護服もゴーグルも防塵マスクも着けずに避難していた。
 CDCレポートによれば、白血病と悪性リンパ腫の最短潜伏期間は「146日」である。最短潜伏期間はとうの昔に過ぎている。私たちはこの2つのガンに着目し、さらに検証してみることにした。

福島図5・6・7

 【図5】は、避難7町村住民における過去5年間の「白血病」「悪性リンパ腫」年齢調整死亡率をグラフにしたものである。まず、白血病を見てみると、原発事故のあった11年に急上昇し始め、翌12年には全国と県の同死亡率を上回る。13年も、さらに上昇し続けている。全国の同死亡率を計算した【図6】や、福島県の同死亡率を計算した【図7】とは、見た目にもまったく違う折れ線グラフになっている。
 最新13年における白血病の同死亡率は「10万人当たり3.4人」。この年は全国の値も若干上昇(同3.3人)したため、ほぼ同じレベルだが、福島県全体(同2.8人)と比べると1.2倍となり、何らかの“異常事態”が起きていると見て間違いない。
 13年の時点で総人口およそ6万5000人の避難7町村における白血病死者数は、09年が4人、10年が2人で、11年、12年、13年はともに3人ずつ。実数では“横ばい”だった。
 一方、原発事故前はおよそ7万人ほどだった避難7町村の人口は、11年以降、急減している。原発事故以降の3年間で5000人も減った計算になり、「10万人当たり」の値で示す年齢調整死亡率が、この影響を受けずに済むはずがない。
 白血病の同死亡率を押し上げている最大の要因は、どうやらこの「人口減」にあるようだ。避難7町村で起きている“異常事態”とはつまり、急激な人口流出のことだったのである。ただし、白血病は近年、全国規模で増加する傾向にあるので、今後も注意が必要だ。
 が、安心するのはまだ早かった。人口動態統計は、悪性リンパ腫のほうで「異変」を捉えていたのである。

 リンパ腫は白血病と同様、放射線被曝によっても起こるとされ、被曝による労災認定の際の「労災対象疾患」になっている。
 避難7町村における悪性リンパ腫死者数は、09年4人、10年7人、11年2人、12年6人、そして13年の9人である。原発事故以降は「毎年3人ずつ」の白血病とは様子が異なり、死者の実数で増加している。
 【図5】の年齢調整死亡率グラフを見ると、悪性リンパ腫は直線的に増加しており、白血病とは明らかに異なる軌跡を描いている。
 最新13年の同死亡率は「10万人当たり6.0人」。この数値は、全国(同3.7人)の1.6倍であり、福島県県全体(同3.4人)と比べれば1.8倍にもなる。「人口減」だけでは、とても説明がつかない。
 避難7町村の住民たちの間では、悪性リンパ腫「多発」の兆しがすでに表れている──。
 素直に検証結果を見れば、そう受け取るしかない。避難7町村でガンと循環器系疾患の年齢調整死亡率が短期間に「逆転」したことの背景には、こうした「異変」(=多発の兆候)が潜んでいたと考えれば、辻褄も合う。
 循環器系疾患を見る限り、避難した人たちは健康被害から逃れられたかに見えた。だが、悪性リンパ腫からは逃げ切れなかったのかもしれない。
 避難7町村における悪性リンパ腫は、特に「50歳以上」の「男性」たちの間で集中発生していた。放射能汚染地帯におけるガン多発は、どうも「子どもたちだけ」の問題ではなさそうである。

■高性能ガン罹患率データはいまだ活用されないまま
 循環器系疾患では、すぐに亡くなるケースが相当な数あるのに対し、ガンは発症したからといって、すぐに亡くなるわけではない。医療技術の向上でガンの治癒率が上がったことが、その最大の理由だ。21世紀の今、ガンは必ずしも「死の病」というわけではない。
 従ってガンの場合、死亡者のデータである人口動態統計には、集団発生(=アウトブレイク)の変動や兆候がすぐには表れにくいという傾向がある。つまり、明らかな変動が確認できる(=大勢死んでしまう)までには何年も時間がかかるのだ。
 ガンの発症頻度を検証し、いち早く今後のガン治療や、被害者救済に活かすためには、ガンの発症時に患者数(=罹患数)をカウントする「がん登録」データのほうが適している。ガン死亡率よりガン罹患率のほうが、変動をキャッチする感度も優れており、対策を実施するまでの時間短縮にも貢献できる。
 ましてや、人口動態統計によるガン死亡率でさえ、悪性リンパ腫「多発」の兆しをすでに捉えているのである。
 となれば、国立がん研究センター(旧・国立がんセンター)の出番だろう。ここが、福島県をはじめとした全国各地の「がん登録」データを持っている“総本山”だからだ。

 国立がん研究センターに集められた統計情報は、国や都道府県が実施するガン対策をはじめ、ガン検診や治療の体制づくり、ガンの治療研究などに役立てられる──というのが「がん登録」制度の建前だ。ならば、原発事故によるガン多発の有無を「がん登録」データで検証する意義も、十二分にあることになる。
 ガンは、いわゆる「町医者」では対応が困難な病気である。ガン治療の拠点となる病院「がん診療連携拠点病院」が全国各地にあり、多くの場合、こうした病院でガンの診断を受け、治療を受けることになる。
 この際に病院側が把握する個人情報を都道府県等が集め、それを国(国立がん研究センター)が吸い上げて集約したものが「がん登録」データである。1年後の16年1月からは、国のデータベースで一元管理する「全国がん登録」制度もスタートする予定だ。その後は、ガンと診断された人のデータは全国どこでも漏れなく登録されるようになる。
 データが収集・分析され、一般に公開されるまでに現在かかっている時間は、およそ4年間。同センター・がん対策情報センターがインターネット上で公開している“最新データ”は、なんと原発事故前年の10年のものだ。すでに原発事故の発生から4年が過ぎようとしているのに、原発事故による健康への影響調査に「がん登録」データが活用されている気配がまったく感じられないのは、そのためなのである。いくら変動をキャッチする感度が優れていても、これでは宝の持ち腐れだ。
 ただ、感度は本当に良さそうである。例えば、10年における全国の「ガン」年齢調整死亡率は「10万人当たり130.8人」であるのに対し、同年の「ガン」全国推定罹患率(粗率)は「同628.8人」である。その差はおよそ5倍。死亡率では捕捉しきれていないガンを山ほど網羅していることが窺い知れる値だろう。ともあれ、私たち日本国民が「がん登録」を有効活用するための最重要課題は、データ公開までのスピードアップである。
 原発事故による健康への影響を知るうえで当面必要なのは、福島県の「がん登録」データだ。そこで、同県の「がん登録」事業の事務局をしている福島県立医科大学附属病院に、「がん登録」データを検証に使わせてもらえないか相談してみた。
 だが、データの使用については「国立がん研究センターに聞いてくれ」の一点張り。結局、「ウチからデータを提供することはできない」と断られる。ならば、「県民健康管理」のためにも自分で検証しなさい。それは、福島県当局の使命である。
 では、“総本山”の国立がん研究センターでは、原発事故による健康への影響調査に「がん登録」データを活用することについて、どう考えているのか。本誌取材班の取材に対する同センター・ 広報企画室からの回答は次のとおり。
「福島県においては、より正確ながん罹患を把握すべく、担当者が医療機関を訪問して事故発生前からの情報収集をしています。福島県のがん罹患数の公表は、福島県が主体となって、県民健康調査の結果と合わせて随時、行われるものと考えられます」
 同センターも“福島県が自分でやれ”と言っていた。同センターの回答は続く。
「(中略)国立がん研究センターが研究班活動(注5)で収集したデータのみから、福島第一原発事故の健康への影響の有無を結論づけることは困難ですが、当然、一つの資料にはなりますので、2011年以降の集計結果を注視し、分析していきます。
 現時点では、あくまで地域がん登録は都道府県事業ですので、がん登録の活動については、都道府県の自主的な判断に任せざるを得ませんが、一昨年(13年)末に成立した『がん登録推進法』に基づき、2016年から国の事業として体制整備が進み、全国がん登録事業として、より迅速で、正確ながん統計が作成されます。国立がん研究センターとしては、がん登録を環境モニタリングのツールとして有効利用していく所存です」
「所存」は、わかった。使命感の滲み出る決意表明として受け止めよう。原発事故被害者の救済に「全国がん登録」が役立てられることを期待したい。
 だが、鈍感な人口動態統計でさえ、悪性リンパ腫死亡率の上昇を検知したというのに、制度が未整備であるため、あと1年は放置されるのだという。分析に着手するのが1年後であれば、結果が明らかになるのはさらにその先、ということになる。果たして、あと何人の人が亡くなれば、原発事故で被曝させられたことによる健康被害が公式に認められ、救済策が実施されるのか。

 福島第一原発事故の発生から、4年の歳月が過ぎようとしている。しかし、被曝による健康被害はいまだ一件も公式には認められていない。そのため、放射能汚染により10万人以上もの人々が住み慣れた故郷を追われる非常事態を引き起こしていながら、加害企業の東京電力とその責任者らは「業務上過失致死傷」の罪を免れている。
 我らが祖国、日本よ。このままで、いいのか?

(注5)現行の「がん登録」事業は「地域がん登録」と呼ばれる。都道府県等の事業として実施されており、全国から集められたデータの集計作業は現在、国が所管する「厚生労働科学研究班」が実施している。「研究班活動」とはこのことを指し、11年における診断症例の集計結果は、今年3月末に公表される予定だ。「地域がん登録」は1年後の16年1月より、国が一元管理する「全国がん登録」制度に集約される。

取材・文/明石昇二郎(ルポルタージュ研究所)+本誌取材班
(『宝島』2015年3月号より)

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