日本の周産期死亡の動向 - 2001年から2018年までの解析

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日本の周産期死亡の動向 - 2001年から2018年までの解析アップデート

ハーゲン・シェアプ、ふくもとまさお

 東京電力福島第一原発事故後、2012年秋からドイツの放射線統計解析専門家ハーゲン・シェアプなどと一緒に、厚労省が公表している人口動態統計を使って日本における放射線の影響を統計解析してきた。それは、チェルノブイリ原発事故後ドイツにおいて周産期死亡やダウン症罹患の増加など放射線の影響と見られる現象が確認されていたからだ(ふくもとまさお著『ドイツ・低線量被爆から28年、チェルノブイリはおわっていない』言叢社刊2014年)。
 ドイツの状況を解析してきたのが、日本でいえばドイツの国立研究所の一つに当たるドイツ環境保健研究センターの研究員ハーゲン・シェアプらのグループだった。ドイツと同じようなことが、日本でも起こるのではないか。それを心配してハーゲン・シェアプらのグループに解析をお願いした。
 日本の人口動態統計は、毎年秋から年末までの間に前年の確定数が公表される。それをハーゲン・シェアプらのグループに渡し、毎年統計解析を続けてきた。ハーゲン・シェアプは研究所を定年退職したが、今も解析研究を続けている。今回は、その2018年までの統計データをベースにした簡単なアップデートである。

1.背景と問題提起
 東京電力福島第一原発事故後、放射能で汚染された地域において妊娠12週を超えた後の死産(日本語註:死産には自然死産と人工死産が含まれるが、ここでは自然死産だけを対象とする。ただし、妊娠22週までは中絶といったほうが適切。以下同)に生後1歳未満に起こった乳児死亡を加えると、事故後最初の2年間観察しただけでもその死亡全体が相対的に上昇していることが確認できた [1]。周産期死亡(妊娠満22週以後の死産に生後1週間未満の死亡を加えたもの )は、安定して減少傾向を示すのが普通である。だが汚染レベルの高い6つの県(岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬)においては、2012年1月から周産期死亡が通常の減少動向に対して約15%増加し、それが長期的に続いたままの状態になっている[2-5]。本稿では、2019年末から入手できる2018年までのデータを追加して、日本における周産期死亡の動向を解析してアップデートする。

2.データ
 日本の厚生労働省は、人口の動向を示す「人口動態統計」を作成しているる(http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1.html)。この統計は、総務省統計局によって定期的に発表される。その中に出生に関して、47都道府県の月別の確定数がある(http://www.e-stat.go.jp/SG1/ estat/NewList.do?tid=000001028897、表1参照)。出生に関する公式統計データでは、1歳未満までの間に死亡した場合において、その統計データは以下の5つのカテゴリーに分類することができる。

• 妊娠12週を経た後の自然死産件数
• 妊娠22週を経た後の死産件数
• 出生後7日未満に起こった死亡件数
• 出生後28未満に起こった死亡件数
• 出生後1年未満に起こった死亡件数

3.統計的評価
 全国の動向を示す人口統計データと一部の先天異常やガンの登録データを解析すると、原子力施設周辺において、あるいは放射性物質が放出された後に、その罹患率と死亡率あるいは出生性比に変化があることがわかる。これは、住民に放射線に起因する遺伝子の影響があったことを示唆する[6-8]。ハーゲン・シェアプらは分析的環境疫学(Analytical Ecological Epidemiology)という方法を開発し、汚染レベルの異なる地域において死産率や周産期死亡率、先天異常率の動向、さらに出生性比の動向を対照的に観察して、線量反応関係があるかどうかを空間的・時間的に解析することをできるようにした[9]。こうすれば、放射能汚染度と遺伝子の影響の間に有意な線量反応関係があるかどうかがわかる。つまり、放射性物質放出後により汚染度の高い地域の住民により多くの病気の罹患件数や死亡件数が見られると、それは放射線と病気の罹患ないし死亡の間に強い因果関係があることを示すことになる。たとえばドイツのバイエルン州では、チェルノブイリ原発事故後に放射能汚染レベルに応じて先天異常の発生率が統計的に非常に有意で、ほぼ直線に上昇する傾向が見られた[10]。
 日本の周産期死亡の月別死亡件数を、過去に発表した論文 [2, 3]では汚染された9つの都県(千葉、福島、群馬、茨城、岩手、宮城、埼玉、栃木、東京)とその他の道府県に分けて、2001年から2014年ないし2017年までのデータを解析した。その結果、周産期死亡率が汚染されていない道府県から、中程度に汚染された都県、高程度に汚染された県へと右肩上がりに勾配する線を示すことがわかった。2018年の統計データを表1に示してある。図2から4は、2012年からの周産期死亡の月別の動向を示す。周産期死亡が2012年1月に上昇した後、そのまま高止まりしていることがわかる。フクシマ原発事故前後の日本における周産期死亡に関してこれまで発表してきたことが、2018年のデータを追加しても確認されると同時に、その傾向がより強固になったことがわかる。特に図2から4は、周産期死亡に線量反応関係があることを示す。線量については、2011年6月の各都道府県の平均線量率をベースにした(図1と図5参照)。線量率(1マイクロシーベルト/時)当たりの周産期死亡の上昇を示すオッズ比は1.41で、95%信頼区間 [1.213, 1.631]、p値<0.0001となった。つまり、線量率(1マイクロシーベルト/時)当たりの周産期死亡の上昇率は、約40%となる。

4.結論
 日本全体では通常、生後1歳未満までの早期死亡と周産期死亡が毎年減少傾向を示す。それに対して、2011年3月日本で起こった震災と原発事故の被害を受けた都県においては、放射性物質が放出されて9カ月、10カ月経った後、その汚染度に応じて早期死亡と周産期死亡が急に約5%から最高20%まで上昇した。これは、統計上とても有意な上昇だ。汚染されていないか、わずかにしか汚染されていない他の道府県では、このような影響は見られなかった。ここでアップデートした解析結果は、原発事故後に周産期死亡も含め早期死亡率が上昇したことをよりはっきり示したと見なければならない。それは、都道府県を特別意識して分類したわけでもなく、生後1歳未満までの早期死亡を示すものだけを特別に選んだわけでもないからだ。さらに、その影響がピークになるのがフクシマ原発事故後9カ月後になるのか、10カ月後になるのかも問題にしたわけでもない。この結果、チェルノブイリ原発事故後のヨーロッパで見られたのと似た影響がフクシマ原発事故後の日本でも観察できることがわかる[11, 12]。この事実から、人体における放射線に誘発される可能性のある遺伝子への影響、つまり具体的には早期死亡と周産期死亡、先天異常について、日本において今後さらに厳密に統計を把握して解析していくことが必要だといわなければならない。

 放射線に起因する遺伝子の突然変異には「閾値」があるとする考え方がある。各国の放射線防護委員会や国際放射線防護委員会は、死産や先天異常のような遺伝子損傷に起因する現象は数cSv(センチシーベルト)の被ばくをしないと起こらず(http://www.ssk.de/SharedDocs/Beratungsergebnisse_PDF/1984/1984_01.pdf?__ blob=publicationFile) 、ガンと違ってごくわずかな線量で起こる可能性はないとしている。しかしこの考え方は、チェルノブイリ原発事故の解析結果と、今ここで示したフクシマ原発事故後の最新の解析結果から、誤りであることを示した。各国と国際放射線専門機関がこのような誤った考え方を持っているのは、死産と先天異常がガンの罹患と異なり、いわゆる放射線の確定的影響(一定量の放射線を受けると必ず現れる)であり、放射線によって誘発される確率的影響(一定量の放射線を受けたとしても必ずしも影響が現れるわけではなく、放射線を受ける量が多くなるほどその影響が高まること)ではないと思っているからだ。各国と国際放射線防護機関は、放射線がヒトの卵細胞と精子細胞に障害を及ぼす影響と、精子形成や胚形成など受胎に伴う生物学的・遺伝的なプロセスが放射線によって受ける影響を無視している。こう見ると、現在有効な放射線防護の基準は基本的に間違いであり、改正されなければならない。原子力施設の廃炉と、放射性廃棄物、特に半減期の長い高レベル放射性廃棄物の最終処分において放射性物質が放出されることを考えると、公衆の遺伝子上の健康を維持し[15]、地球上の自然生息条件を保護することを優先しなければならない。「ドイツ環境省最終処分のための対話(ドイツ語)」のサイトに投稿した見解(https://www.dialog-endlagersicherheit.de/system/files/stellungnahmen/stellungnahme_2_zu_sicherheitsanforderungen_anhand_aktueller_probleme.pdf)も参照してほしい。

表1
表1では、年間出生数(Geburten)を実際の出生数と妊娠22週を経た後の死産数を足した数とし、それとともに、妊娠22週を経た後の死産数と生後7日未満の死亡数を足した周産期死亡数(PD)を示す。表は、左から高レベルに汚染された6つの県、中レベルに汚染された3つの都県、その他ほとんど汚染されていない38道府県、日本全体のそれぞれの年間件数を示す。

図1
2011年6月のセシウム137の汚染濃度から47都道府県毎に線量率を換算して汚染度を色分けした。黒点は福島第一原発と震源を示し、黒い点線は、事故原発から300キロメートル離れた地点を示す。

図2
福島県、群馬県、茨城県、岩手県、宮城県、栃木県の2001年から2018年の周産期死亡の動向を示す。2011年3月から4カ月間だけ上昇し、その後さらに2012年1月からの上昇がそのまま続いていることがわかる。

図3
千葉県、埼玉県、東京都のの2001年から2018年の周産期死亡の動向を示す。2011年3月から4カ月間だけ上昇し、その後さらに2012年1月からの上昇がそのまま続いていることがわかる。

図4
前述した汚染都県である福島県、群馬県、茨城県、岩手県、宮城県、栃木県、千葉県、埼玉県、東京都の9都県を除いた道府県の2001年から2018年の周産期死亡の動向を示す。

図5
前掲した図2から4に関して、日本のセシウム137暴露量[16]から換算された2011年6月の線量率(図1参照)をベースにした2012年1月からの周産期死亡オッズ比(95%信頼区間)の変化。グラフ縦線がオッズ比、横線が線量率。

文献

[1] M. Fukumoto, K. Voigt, R. Kusmierz, H. Scherb, Folgen von Fukushima: Totgeburten und Säuglingssterblichkeit in Japan, Strahlentelex Thomas Dersee, Berlin – Schöneiche, 2014, http://www.strahlentelex.de/Stx_14_650-651_S03-06.pdf

[2] H. Scherb, K. Mori, K. Hayashi, Increases in perinatal mortality in prefectures contaminated by the Fukushima nuclear power plant accident in Japan: A spatially stratified longitudinal study, Medicine (Baltimore) 95(38) (2016) e4958.

[3] H. Scherb, K. Mori, K. Hayashi, Comment on ‘Perinatal mortality after the Fukushima accident’, J Radiol Prot 39(2) (2019) 647-649.

[4] A. Korblein, H. Kuchenhoff, Perinatal mortality after the Fukushima accident: a spatiotemporal analysis, J Radiol Prot 39(4) (2019) 1021-1030.

[5] H. Scherb, K. Mori, F. Masao, K. Hayashi, K. Voigt, R. Kusmierz, Folgen von Fukushima: Totgeburten, Perinatalsterblichkeit und Säuglingssterblichkeit in Japan, Aktualisierung der Trendanalysen von 2001 bis 2015 , Strahlentelex Thomas Dersee, Berlin – Schöneiche, 2014, http://www.strahlentelex.de/Stx_17_722-723_S01-07.pdf

[6] H. Scherb, R. Kusmierz, K. Voigt, Ökologische Studien, Trendanalysen und Hypothesentests – das Geschlechtsverhältnis der Neugeborenen in Japan von 1930 bis 1960, Strahlentelex, Thomas Dersee, Berlin – Schöneiche, 2015, http://www.strahlentelex.de/Stx_15_674-675_S04-06.pdf.

[7] H. Scherb, K. Voigt, R. Kusmierz, Ionizing radiation and the human gender proportion at birth-A concise review of the literature and complementary analyses of historical and recent data, Early Human Development 91(12) (2015) 841-850.

[8] C. Spix, S. Schmiedel, P. Kaatsch, R. Schulze-Rath, M. Blettner, Case-control study on childhood cancer in the vicinity of nuclear power plants in Germany 1980-2003, Eur J Cancer 44(2) (2008) 275-84.

[9] H. Scherb, K. Voigt, Analytical ecological epidemiology: exposure-response relations in spatially stratified time series, Environmetrics 20(6) (2009) 596-606.

[10] H. Scherb, K. Voigt, Fehlbildungsrate in Bayern vor und nach dem Unfall von Tschernobyl, Strahlentelex Thomas Dersee, Berlin – Schöneiche, 2014, http://www.strahlentelex.de/Stx_14_652-653_S01-05.pdf

[11] H. Scherb, E. Weigelt, Congenital Malformation and Stillbirth in Germany and Europe Before and After the Chernobyl Nuclear Power Plant Accident, Environmental Science and Pollution Research, Special Issue 1 (2003) 117-125.

[12] H. Scherb, E. Weigelt, I. Brüske-Hohlfeld, European stillbirth proportions before and after the Chernobyl accident, International Journal of Epidemiology 28(5) (1999) 932-940.

[13] K. Murase, J. Murase, A. Mishima, Nationwide Increase in Complex Congenital Heart Diseases After the Fukushima Nuclear Accident, J Am Heart Assoc 8(6) (2019) e009486.

[14] K. Murase, J. Murase, K. Machidori, K. Mizuno, Y. Hayashi, K. Kohri, Nationwide Increase in Cryptorchidism After the Fukushima Nuclear Accident, Urology 118 (2018) 65-70.

[15] I. Schmitz-Feuerhake, C. Busby, S. Pflugbeil, Genetic radiation risks: a neglected topic in the low dose debate, Environmental Health and Toxicology 31 (2016) e2016001.

[16] T.J. Yasunari, A. Stohl, R.S. Hayano, J.F. Burkhart, S. Eckhardt, T. Yasunari, Cesium-137 deposition and contamination of Japanese soils due to the Fukushima nuclear accident, Proceedings of the National Academy of Sciences 108(49) (2011) 19530.

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