中学生 「僕は戦場で人を殺せません」

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イラク戦争から帰還して子どもを抱きしめる女性兵士

吉永小百合さん(女優)からのメッセージ(2016年6月)

 

吉永小百合 戦争をする国になってはいけない

「今、私達は しっかり考えて 行動しなければいけない時です。 戦争をする国になってはいけない。憲法9条を守って、武器ではなく対話で 平和な世界を作っていきたい。 私は 強くそう思います。 初めて選挙権を持つ十代の皆さんも ぜひ投票して、あなた達の思いを 考えを 一票に託して下さい。」

このメッセージを読んで、中学生たちの「声」を思い出しました。

東大名誉教授「戦前と似ている」 中学生「僕は戦場で人を殺せません」

(2014/07/13 エコロジーの風)から抜粋

 

僕は戦場で人を殺せません 中学生 福島佑樹(東京都15)
(2014年6月25日 朝日新聞 「声」)

日本が憲法の解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認し、戦争ができる国になる可能性が日々ましています。おそらく戦場へむかわされるであろう世代のひとりとして、気持ちを述べさせていだだきます。

僕の友人の中にも、集団的自衛権の行使が必要だと考える人はいます。しかし僕は反対です。徴兵され、戦場に送られ、人を殺したくないからです。

人を殺すことは、通常の世界では最も重い罪です。しかし戦場では、その一番重い罪である人殺しを命令されるのです。命令に従うのがよいことで、命令に背けば罰せられます。この矛盾が僕には理解できず、受け入れられません。

それに、人は何のために生まれてくるのでしょうか。戦いで人を殺したり、殺されたりするためではないはずです。全ての人間に与えられる人生は、たった一度です。人を殺した罪を引きずって生きたり、自分が望まない時に命が無理やり終わったりすることは、あまりにも残念で、悲しいことです。

集団的自衛権の行使は、海外で人を殺すことを伴います。僕には、それは絶対できません。集団的自衛権の行使の意味を、国全体で考え直す必要があると強く思います。

 

僕は戦場で人を殺せません 中学生 福島佑樹

 

 

僕らの未来 大人が決めるな 中学生 中村 伊希 (香川県 12)
(2014年7月6日 朝日新聞 「声」)

憲法の解釈を変えて集団的自衛権の行使を認める閣議決定がなされました。新聞やテレビのニュースを見るたびに、危機感を覚えます。学校では歴史の授業で「戦後」日本の不戦の歩みについて学んできました。でも、いま自分が生きているこの時代が、「戦前」のように思えてなりません。憲法9条の改正に向け、着々と準備が進められているように思えるからです。

 

平和憲法が骨抜きにされれば、僕たちは大人になったとき戦争に行かなければなりません。僕は、戦争には行きたくないです。人を殺したくないです。紛争の解決には武力行使以外の方法があると思うし、そういう姿勢を世界に示せる日本であってほしいのです。

 

 

東大名誉教授・石田雄氏 「戦争に向かった戦前と似ている」

 (2014年7月7日 日刊ゲンダイ)から抜粋

学徒出陣した私には首相のいかがわしさがすぐ分かる

先月、朝日新聞の「声」欄に、「人殺しを命じられる身を考えて」という投書が載った。末尾には大学名誉教授 石田雄(東京都 91)とある。

 

人殺しを命じられる身を考えて 大学名誉教授 石田雄

 

この投書が話題になったのは、石田氏は戦争の生き証人であるだけでなく、その生涯をかけて、「どうしたら、二度と戦争を繰り返さないか」を研究してきた学者であるからだ。投書した老学者の目に、いまの安倍政権はどう映っているのか。

 

――なぜ、投書を書かれたのか。やむにやまれぬものがあったのでしょうか?

私は軍国青年だったんですよ。自分がなぜ、そうなったのか。それを明らかにするために研究者になったんです。二度と戦争を起こさせないために政治学、社会科学を研究してきたつもりでしたが、こういう時代が来ちゃった。

 

――こういう時代とは?

戦前、戦争に向かっていった時代と非常に似ていますね。しかし、この年ですから、デモにも行けないし、官邸前で大きな声を出すわけにもいかない。社会科学者として何ができるか。切実に考えて、やむなく、朝日新聞に投書したのです。

 

――具体的には、どの部分が戦前と似ているのでしょうか?

私は「日本の政治と言葉」という本を書いた際、「平和」という言葉が歴史上、どういうふうに使われたかをフォローしたことがあるんです。平和というのは最初は、非暴力という意味で使われる。しかし、日本においては次第に東洋平和という使い方をされて、日清、日露、日中戦争において戦争の大義にされていく。これは日本の戦争に限った話ではなく、ありとあらゆる戦争の言い訳、大義名分に「平和」という言葉が利用されてきたのです。唯一の例外がナチス・ドイツの侵略ですね。こういう歴史を見ていれば、安倍首相が唱える「積極的平和主義」という言葉のいかがわしさがすぐわかるんですよ。

 

――平和という言葉の使い方がまず、そっくりだと。

それと排外的なナショナリズムのあおり方ですね。積極的平和主義と排他主義が重なり合うと、非常に危険な要素になります。平和とは非暴力であり、非暴力とは敵を憎まないことです。敵を理解することで、問題を解決しようという考え方です。しかし、今の安倍政権は中国、韓国を挑発し、緊張をつくり出している。そこに積極的平和主義が重なるものだから、危ないのです。

 

――政府は集団的自衛権の行使についても、限定的であって、戦争する国になるわけじゃないと主張しています。

海外の邦人を保護するため、と言っていますね。この理屈も戦前と似ています。1932年の第1次上海事変の直前、日本人の僧侶数人が殺傷される事件が起こった。日本政府は邦人の生命を守るという名目で、上海の兵力を増強し、戦闘が拡大。その後、本格的な日中戦争になりました。個別的自衛権であれば、「日本の領土内に攻め込まれたとき」という歯止めがかかりますが、邦人保護という名目で海外に出ていけば、歯止めがなくなってしまうのです。

 

――戦後70年間、せっかく平和国家としての地位があるのに、あえて、それを捨てて、恨みを買う必要があるのか、ということですね。

言葉がわからない地域で武力行使をするのがいかに危ないか。イラクに駐留する米軍が「止まれ」という制止を振り切った車両を攻撃したら、殺されたのは、お産が近づき、病院に急ぐ妊婦だったという報告もありました。相互理解がなければ、どんどん、紛争は激化してしまう。それよりも、日本は戦後一人も海外で人を殺していないというプラスの遺産を生かすべきです。非武装の支援に徹すれば、外交的パワーもついてくる。その遺産を今、食い潰してしまうのは誠に愚かなことです。

 

 

*       *

イラク戦争で奪われた莫大な人命の犠牲- 総括をしないのは人類の汚点
(2013年3月20日 yahooニュース)から抜粋

2003年3月20日にイラク戦争が開始されてから10年がたつが未だこの戦争の過ちについて十分な総括が国際的になされていない。イラク戦争は、国連安保理の許可を得ない武力行使であり、明らかに国連憲章違反であったし、その理由とする「大量破壊兵器」は存在しなかった。この誤った戦争により、イラクはあまりにも壊滅的な打撃を受け、人命を奪われた。

 

アメリカ、ジョンホプキンズ大学ブルームバーグ公共衛生大学院の研究では、2003年のイラク戦争の結果として約65万5千人のイラク人が死亡したと推定、WHOはイラクで2003年3月から2006年6月までに15万1千人が暴力によって死亡したと推定している。

 

子どもたちの遺体を前に涙をぬぐう男性

 

2004年4月と11月の米軍によるファルージャ総攻撃では、戦争犯罪に該当する「民間人攻撃」が行われたとされ、多数の民間人が殺害されたという。白リン弾や劣化ウラン弾等残虐兵器が民間人の居住地で、市民に対する危害を最小限に抑える手段を一切講ずることな大量に使われ、おびただしい死者が出た

 

白リン弾使用については、イタリアのドキュメンタリーでその残虐性、極めて残酷で深刻な被害が暴露されている。アメリカ軍がアブグレイブやその他の刑務所で、拷問・非人道的取り扱いに該当する身体的虐待や侮辱などの行為をイラク人拘留者に対して行ったことは多くの証拠に裏付けられている。

こうした行為は何より戦争犯罪の可能性が高いが、きちんとした調査は行われず、ほとんど誰も責任を問われていない。訴追されるのは少数の末端の兵士だけ。意思決定に関わったトップレベルの人々、ブッシュ元大統領やラムズフェルド元国防長官、拷問を正当化した司法省、国防省関係者等の責任は全く問われていない

 

超大国が大規模かつ残虐な人権侵害をして幾多の罪もない人を殺害しても誰も責任を問われない、そのようなことでは、大国の都合でおびただしい虐殺が今後も果てしなく繰り返されるだろう。

 

伊藤 和子(弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長)

 

 

イラク戦争から帰還して子どもを抱きしめる女性兵士

イラク戦争から帰還して子どもを抱きしめる女性兵士

 

戦争が繰り返されるのを喜ぶのは誰か

2013年、米紙ワシントン・ポストは、「昨年(2012年)自殺した現役米兵が349人と過去最多を記録し、アフガニスタンでの昨年の戦死者(229人)を上回った」と報じた。

東京新聞は「イラク帰還の陸上自衛隊員の自殺率は日本平均の14倍以上」と報じていた。

イラク戦争で、若い米兵がこう言っていた。
「イラクでは大人も子どもも 敵と思わないといけないんだ」

 

米兵「イラクでは子どもも敵と思わないといけないんだ」

手を合わせて泣いているイラクの女の子

イラク戦争 犠牲になった子どもを抱く米兵

 

兵士たちは、「もう戦争は嫌だ!もう人を殺すのは嫌だ!」と叫んでいるのだと思う。

ここで、大きな疑問が生じる。
では、いったい誰が戦争を望んでいるのか。

 

それは、自らが戦場に出向くことなく、戦争で儲けている者たちだろう。
例えば、軍需産業の経営者たち。「世界の軍需産業収益ランキング」2007年のデータでは、米国の企業がベストテンの中に7社も入っている。そして、世界1位のロッキード・マーティン社だけで、385億ドル(約4兆5000億円=当時の為替レート)も収益を上げている。

 

世界の軍需産業収益ランキング 2007年

 

こうした軍需産業は、世界に戦争や紛争が増えるほど兵器を増産して「ぼろ儲け」ができる。

日本の軍需産業も 安倍政権になって、いとも簡単に「武器輸出」ができる国に変更した。

そして、戦争が容易にできる国に変えようとしている。

 

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